教育現場の現実
近年、小中学校へ学習用端末(タブレットなど)が配備され、日々の学習に利用されるようになりました。しかし、「子供が自ら情報を集め、主体的な学びが進めやすくなる」という主張がある一方、「安易に検索に頼り、自ら考える力を低下させかねない状況も生じている」という現場の声があります。《都内の公立小学校で、卒業を控えた6年生が家族に感謝のメッセージを刺しゅうでつづる家庭科の授業があった。教員が作業内容を説明すると、児童たちは学習用端末に「刺しゅう」や「感謝 メッセージ」と打ち込み、検索を始めた。そして、次々と出てくる見本の画像やアニメのキャラクターをそのまま下絵に描き写したという。
端末の配備前は、一人ひとりが教員や友達と話しながらメッセージやデザインを考えていたという。教員は「考える過程を飛ばし、すぐに結論を得ようとする。効率的にも見えるが、これで良いのか」と悩んだ。》
《小学校の国語教科書に採用されている宮沢賢治の童話「やまなし」には、正体不明の存在「クラムボン」が登場する。何であるか明確な説明はなく、想像によって様々な解釈が成り立つ。しかし、神奈川県のある小学校では、クラムボンについて考える課題を出したところ、子供は自ら考える前に端末で検索してしまったという。》
教員養成に携わる藤本和久・慶応大教授(教育学)は「試行錯誤しながら、複雑な事柄を読み解いたり、考えたりする努力に学習の意味がある。安易な端末の利用は思考力の育成を阻みかねない」と指摘しています。
乏しい効果
実際のところ、学習用端末の導入はどのような効果をもたらしたのでしょうか?小中計34校で端末を配備した東京都荒川区は2018年、端末活用についての報告書をまとめました。区の意識調査に対し、「学習への興味・関心」が向上したと答えた小中学校はいずれも9割以上でしたが、「児童生徒の思考力」の向上がみられたのは、小学校3割、中学校2割にとどまったそうです。報告書は「肯定的な回答が少なく、端末を効果的に活用する研究が必要」とまとめています。
読売新聞の小中学校500校を対象にした調査でも同様の傾向が出ています。デジタル教科書の長所を聞いたところ、「動画や音声を視聴でき、児童生徒の興味関心を高められる」が89%だったのに対し、「じっくり読むことができて、読解力や思考力が深まる」は2%でした。(紙の教科書の場合、43%の学校が、読解力、思考力が深まると回答しています)
このような状況をみて、脳科学者の川島隆太教授は“ICT積極活用”の方針に異議を唱えています。
「もっとも問題だと思っていることは、ICTを教育に用いることで子どもたちにどういう利益があるかというエビデンス(証拠)が一切ないことです。日本の将来にとって一番大事な教育に関してエビデンスがないままに、何故このような無謀な社会実験が進められているのか、疑問でしかありません」
また、東大名誉教授の佐藤学さんは次のように述べています。
「実は、ICT教育によって学力が上がるという研究結果はほとんどありません。一番信頼できるデータは、国際学習到達度調査(PISA)の調査委員会が2015年にまとめた報告書です。それによると、学校でパソコンを全く使わないよりは、適度に使った生徒の方が成績はいいのですが、使う時間が長くなればなるほど読解力も数学の学力の点数も下がっています。PISAテストを中心的に担ってきたOECD(経済協力開発機構)のアンドレアス・シュライヒャー局長は、『コンピューターは情報や知識の獲得や、浅い理解には有効だが、その知識や情報を活用する深い思考や探究的な学びにはつながらない』と分析しています」
活用しきれていない現状
急ピッチで進められてきたICT教育の導入ですが、今のところはまだ狙い通りの効果が発揮されているとは言えないようです。前出の佐藤学さんは次のようにも述べています。
「我が家の小学生の子どもにもiPadが配られましたが、学校での使い方を聞くと、鉛筆で書けばいいことをキーボードで入力したり、知育ゲームのようなアプリだったり。本当に必要なのかと思ってしまいます。」
結局、「ICT機器を使う」という本来ただの「手段」だったはずのものがいつの間にか「目的」化してしまい、そのせいで成果も出ず無駄が増えているというのが現状なのではないでしょうか。アナログにはない利点も確かに存在することを思えば、デジタル教材を全否定する必要はありませんが、かといって過度な期待もすべきではないと言えるでしょう。